ESD対策は、ノイズがどのような経路で広がっているか(=ノイズルート)を把握し、いかにその流れをコントロール(=ノイズコントロール)できるかにかかっています。ノイズの広がり方を予測するためには、通常の回路設計とはやや異なった電磁気学的な考え方が必要になります。回路図に登場しない要素、すなわち部品配置や配線パターン、基板の構造まで含めて対策しなければなりません。このページでは、ESD対策を始める前に知っておきたいことや、有効な対策案をまとめました。


あのとき知っていれば苦労しなかったのに・・・

という筆者の苦い経験を元に書いています。ESD対策をこれから始めようとするEMCエンジニアの一助となれば幸いです。

対策を始める前に知っておきたいこと

(1)ESDノイズの「伝導」と「放射」

①伝導ノイズ
ノイズが電流として伝わって回路に影響を及ぼすノイズです。ESDで印加するノイズはバースト波と呼ばれ、様々な周波数を含んだ複雑な交流(脈流)です。交流ということは、直流的には導通していないコンデンサを貫通してしまうことを意味しており、部品としてのコンデンサはもちろんのこと、回路のいたるところに存在する寄生コンデンサ(構造上、意図せずにできてしまう容量成分)を通って基板全体へ広がっていきます。

「伝導」と言うと、導体のみを伝わって行くように考えてしまいがちですが、回路中のあらゆるコンデンサ(寄生コンデンサを含む)を通過して、DC的には繋がっていない領域まで広がってしまうことを覚えておきましょう。

②放射ノイズ
ノイズが電磁波として空間を伝わって回路に影響を及ぼすノイズです。伝導ノイズは導体と寄生コンデンサになりうる構造からルートを推測できますが、放射ノイズは空間を伝わるうえ、反射や回折(波が障害物の後ろに回り込んで伝わる)などの現象も起こるのでノイズルートの推測が困難になりがちです。また、放射ノイズは基材や樹脂などの誘電体を貫通してしまうことも特徴の一つで、放射ノイズにとっては樹脂製のケースや部品などはなにも無いに等しいものと考えましょう。

③伝導ノイズと放射ノイズの組み合わせ
ESDのノイズは伝導ノイズと放射ノイズどちらかが支配的になることもありますが、これらが組み合わさって回路に影響を及ぼすことも少なくありません。例えば、放電ガンから印加された電荷が電流として伝わり、内部の配線の一部がアンテナとして働いて放射ノイズとなり、回路の別の領域に影響を与えるようなパターンです。逆もまたしかりで、気中放電で発生した放射ノイズが回路中のパターンで伝導ノイズに変換されます。このように、パターンがノイズを送受信するアンテナになることを防ぐためには、基板設計段階でアンテナに成り得る部分を作らないことが重要です。

(2)放電ガン本体からの放射ノイズがある

放電ガンのトリガーを引くと、ガンの中からカチッという音が聞こえます。これはリレーの駆動音で、あらかじめコンデンサに貯めた電荷をガンの先端に流し込むためのスイッチになっています。しかしリレーの接点が閉じるということは、接点が接触する瞬間に放電が起こっているということを意味します。放電が起こればそこから電磁波が発生し、回路を誤動作させる恐れがあるのです。

ガンの先端から印加した静電気以外にも、ノイズ源が存在することを忘れてはいけません。

筆者のエピソード

とある製品の開発でESD対策をしていたときのお話です。

対策が完了したので、試験担当者の方に第三者チェックを依頼しました。自分の手で測定した際は十分にマージンがあることを確認できたので心配はしていなかったのですが、後日受けた連絡によると結果はNG。突っ返された基板を再度試験してみましたが、試験依頼前に自分で測定した結果と同様でした。

そこで試験担当者に条件を確認しましたが、機材・印加電圧・印加場所はすべて同じとのこと。何か試験条件が違うはずだと思い、試験の様子を見せてもらうことにしました。すると、私が自分で実施したときとガンの向きが違っていたのです。その場でガンの向きを変えて印加してもらうと全項目クリア。

後に分かったことですが、カードの裏表で放射に対するノイズ耐性が全く異なっていたのです。

ESD対策の流れ

筆者流の対策の流れを下記に示します。効率的に対策を進めるためにも、どのようなフェーズで対策を進めるべきか把握しておきましょう。

(1)実力評価

素の状態の基板で現在の実力を評価します。基準に対してどの程度の不足・マージンがあるのかを把握しましょう。電圧を印加する場所によっては、対策によって耐量が減少してしまう場合もありますので、基準をクリアしたからOKではなく、どこまで耐えられるか「実力値」も把握しておきましょう。

(2)対策検討

どのような対策が有効か検証します。有効な対策を見つけることと、ノイズルートの特定が目的なので、この段階で現実的な対策案を考える必要はありません。追加コンデンサや電磁波吸収シートがモリモリで問題ありません。とりあえず試験に通る状態の基板を作りましょう。

(3)削減検討

対策検討で追加した対策のうち、本当に効いているものを見極めます。パスコンを4並列にしたのであれば、削除しても耐量が変化しないコンデンサを見つけましょう。もちろん、すべてが揃って初めてこの耐量を実現できるというのも一つの答えです。電磁波吸収シートであれば徐々に小さく・薄くしていき、耐量が変化するポイントを見つけます。可能な限り対策を小規模となる方向に絞り込みましょう。ただし、最終的に適用できる対策はこのフェーズよりも少なくなる可能性が高いです。そのため、ある程度のマージンを残した状態で次のフェーズに進むことをお勧めします。

(4)実装検討(実現検討)

削減検討で絞り込んだ対策を実現する方法を検討します。製品の基板に電磁波吸収シートや銅テープをべたべた張ったり、コンデンサを亀の子実装することは現実的ではありません。テープ類を追加する場合は必要な大きさにカットして収めてくれるのか交渉が必要ですし、組み立て部門が貼り付け作業に対応してくれるのかも確認が必要です。コンデンサを追加するのであれば実装面積が確保できるか部品配置を見直す必要が出てくるかもしれません。このフェーズの作業を最小限に抑えるためにも、削減検討でいかに対策を絞り込むかがポイントです。

(5)適用後評価

最終的にでき上がった製品基板の実力を再確認します。基準をクリアしていればお疲れ様でした。クリアできていなければ、残念ながら③からやりなおしです。

ESD対策アクションアイテム

(1)バイパスコンデンサを追加する

①感受性の高いIC(素子)の電源ピン-SG間
コンデンサやインダクタには周波数特性があります。ICの電源ピンや信号ラインにノイズ対策としてコンデンサやインダクタが挿入されていたといしても、誤動作を起こしているノイズの周波数帯でインピーダンスが高ければ意味を成しません。追加用のパッドを設けている場合は簡単ですが、そうではない場合は既存のコンデンサの上に亀の子※で追加するのが簡単です。問題になっているICが特定できない場合は、パワープレーですが基板上のすべてのICのパスコンに別の容量のコンデンサを亀の子追加するのも手です。(0.1μFをパスコンとしている場合、1000pF追加する、など)※亀の子の写真を載せる理想は、あらかじめ複数の桁数のコンデンサをパスコンとして接続しておくことです。私の場合、パスコン4並列まで採用した経験があります。(1μF, 0.1μF, 1000pF, 470pF)

②感受性の高い信号線とGND間、もしくは信号線と電源間
信号線の終端部にプルアップ/プルダウン抵抗がある場合は、これをコンデンサに置き換えるか、抵抗に亀の子でコンデンサを追加することができます。波形をなまらせてしまう恐れがあるので、通信規格や波形の立ち上がり制約を確認の上、影響のない範囲の容量を追加しましょう。

③SG(シグナルグランド)とFG(フレームグランド)間 
※会社の文化によってはコネクタ近傍のグランドをFGとは更に区別して、PG(パーシャルグランド:部分的なグランド)と呼ぶ場合もあります。

(2)既存のコンデンサ・インダクタの容量を変えてみる

問題の部品が特定できているのであれば、電源ピンのパスコンの容量や信号線のインダクタの容量を変えてみましょう。基板の変更が不用なので、部品の追加よりも現実的な対策です。

(3)電磁シールドを追加する

ノイズの放射元、もしくは感受性の高い部品を金属製のシールドで覆ってしまう方法です。一般的に、クロックドライバICやスイッチング素子が放射元となりやすいです。これらを金属で覆うことでノイズを外部に漏らさない(反射させる)ことを目的としています。感受性が高い部品を覆う場合は、ノイズから部品を守ることを目的とします。加工性が良く、すぐに試せる材料は銅テープです。

(4)電磁波吸収シートを追加する

電磁波シールドと同様に、ノイズの放射元、もしくは感受性の高い部品・信号ラインに貼り付けで使用します。電磁波シールドではノイズを反射させていたのに対し、こちらは電磁波を吸収して熱に変換するというメカニズムです。また、電磁波吸収シートで完全にすべての放射ノイズを遮断できるというわけでは無く、貼り付ける電磁波吸収シートの厚さに比例して吸収できる電磁波ノイズの量が増加します。電磁波吸収シートにも種類があり、MHz帯用・GHz帯用・マイクロ波用など様々なものがラインナップされています。製品に採用する場合は、最低限の電磁波吸収シートでノイズ低減効果を得られるよう、適切な種類/厚さを試してみましょう。

(5)グランドを強化する

グランドを拡張して強化します。SGとFGを区別して設計された回路の場合、基本的にシェルがFGに接続されたコネクタへ放電させることになると思います。FGが細ければ、放電ガンから流入した電荷をアースへ落とし切る前に電磁波として放射し、他の回路へ悪影響を及ぼす恐れがあります。対策検討段階では銅テープでの仮対策が手軽です。拡張したい表層のベタグランドのレジストをはがし、隣接するように銅テープを貼り付け、FGラインとはんだ付けすることでベタグランドを拡張することができます。銅テープを使用する際は粘着面が導電性のものを使用しましょう。この対策が有効である場合、グランドのインピーダンスが高くなっているため、放射ノイズを「効率よく」拾ってしまうアンテナになっている可能性があります。パターンを改定してグランドパターンを広げたり、板金を追加してグランドを強化しましょう。

(6)筐体を堅牢な金属で覆う

放電電流が回路に入る前に金属筐体で受け止め、一時的に電荷を貯め込むことで回路への流入を抑制するアプローチです。EUTの構成上、どうしてもアースとのインピーダンスを低くできない場合に有効です。

(7)金属露出部を隠す

(1)~(6)の対策では放電によるノイズをいかに「逃がす」もしくは「吸収する」ことを目的としていましたが、この対策は「そもそもESD試験の放電対象から外す」ことを目的としています。コネクタシェルやスイッチなど、金属の露出部分を樹脂部品で覆ったり、キャップや蓋の構造を追加して簡単には触れられなくしてしまいます。